幼少の頃より、新内の太夫であった父の鶴賀伊勢太夫より新内節浄瑠璃の手ほどきを受け、新内の道に入る。昭和33年に鶴賀伊勢路太夫、昭和48年に二世鶴賀伊勢太夫を襲名。さらに、平成12年に新内節の始祖で新内界の一代名跡である、鶴賀若狭掾を襲名して、名実共に新内界を担い、新内の伝承・継承の為に後継者の育成と宣伝・普及発展に精力的に活動している。鶴賀流の格調高い正当な芸風にして、新内特有の哀艶さと江戸前の粋、歯切れの良さを持つ語り口には定評あり。さらに研鑚を高め新内浄瑠璃の技芸を高度に体現し、これに精通した芸を認められ、平成13年には、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受ける。